こんにちは、にじまるです。
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エヴァンゲリオンを生み出した総監督の庵野秀明は、しばしば天才と評され、天才ゆえの伝説的なエピソードも多い人物です。
今回はエヴァンゲリオンを生み出した天才・庵野秀明の伝説的なエピソード5選を紹介します。
庵野秀明について
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
1960年に山口県宇部市で生まれ、高校卒業後に大阪芸術大学に入学。大学在学中に参加した自主映画制作グループ「DAICON FILM」が制作した大阪SF大会のオープニングアニメが話題となり、スタジオぬえのメンバーに誘われて『超時空要塞マクロス』の制作に参加する。
その後上京し、宮崎駿監督の『風の谷のナウシカ』などにアニメーターとして関わった後、「DAICON FILM」のメンバーと共にGAINAX(ガイナックス)を設立し、映画『王立宇宙軍 オネアミスの翼』の制作に参加する。
その後、『トップをねらえ!』『ふしぎの海のナディア』を経て、1995年に原作・脚本・監督を担当した『新世紀エヴァンゲリオン』がテレビ放映され社会的ブームとなる。
2007年にはTV版『新世紀エヴァンゲリオン』をリビルドした『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』が公開、2021年には新劇場版シリーズの最終作『シン・エヴァンゲリオン劇場版』が公開された。
庵野秀明の伝説的なエピソード5選
庵野秀明はその天才的な才能ゆえに伝説的なエピソードが多いことでも有名です。具体的な5つのエピソードを紹介します。
大学時代から天才だった
大阪芸術大学に入学した庵野秀明は、ほとんど授業に出席せず自主制作のアニメーション制作や映像制作に没頭します。大学の同期で、漫画『アオイホノオ』などの著者である島本和彦は、庵野が課題で制作したアニメーションを見て「こいつには勝てない」とアニメーターになることを挫折したと語っています。それほど庵野秀明の才能は大学時代から突出していた。
『風の谷のナウシカ』の制作に参加
自主制作に没頭するあまり大学を退学することになった庵野秀明は、上京後に『風の谷のナウシカ』の制作にアニメーターとして参加することになり、巨神兵のシーンを担当する。
宮崎駿は庵野秀明に初めて会った印象を「宇宙人が来た」と語っており、天才的なメカやエフェクトの作画技術は凄いが、ビーチサンダルで採用試験に来るなど、この頃すでに天才の片鱗を見せていた。
1年間風呂に入らなくても平気
アニメーション制作に没頭するあまり1年間まったく風呂に入らなかったというエピソードや、服もあまり着替えず同じ服をずっと着ており、汚れた服は洗濯せずに捨てていたというエピソードからも庵野秀明の非凡さがうかがえる。これらエピソードの詳細は、安野モヨコの著書『監督不行届』で読むことができる。
偏食で肉と魚が食べられない
庵野秀明は肉と魚が食べられず、かなりの偏食として知られており、若い頃はサッポロポテト バーベキュー味が主食だったと語っている。また、庵野秀明の偏食癖はエヴァンゲリオンの綾波レイの設定にも反映されている。
安野モヨコとの結婚後は、食生活がかなり改善されたらしい。
妥協を許さない制作スタイル
映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』の制作に密着したNHKのドキュメント番組『さようなら全てのエヴァンゲリオン ~庵野秀明の1214日~』を見ると、庵野秀明がスタッフが制作したシーンにことごとくダメ出したり、ワンシーンのためにミニチュアを制作するなど、妥協を許さない制作スタイルが垣間見ることができる。
映画『王立宇宙軍 オネアミスの翼』の制作の際には、ロケットの打ち上げを見るためにアメリカのNASAに取材に行くなど、アニメーション制作にリアリティを求める姿勢は昔から徹底していたようである。
まとめ
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』シリーズは完結しましたが、『破』と『Q』の間に起きた出来事、カヲルやマリの過去など、まだ謎の部分が多いので、エヴァンゲリオンの新たな展開に期待しつつ、エヴァンゲリオンとは別の新たな作品にも期待したいところです。